抱っこした。泣いた。
妻に代わった。
泣き止んだ。
「ほら、やっぱりママじゃないと無理なんだよ」
そう思う気持ちは分かる。
自分が抱くと泣くのに、妻に代わった瞬間に落ち着かれたら、普通にへこむ。
何回やっても泣かれたら、
「俺がやるより、ママに任せた方が早い」
そう思うことだってある。
でも、ちょっと待て。
その「ママじゃないと無理」を理由に、毎回妻へ戻していたら。
お前が赤ちゃんを知る時間は、いつ増える?
ママじゃないと泣くことはある
赤ちゃんがママを求めることはある。
授乳が必要なときもあるし、いつもの声や抱かれ方に安心することだってある。
だから、
「パパが抱けば絶対に泣き止む」
なんて話じゃない。
どうしてもママじゃないと落ち着かない時間もある。
そこを意地になって、
「俺が泣き止ませるまで絶対に渡さない」
なんてやる必要もない。
でも、
泣いたらママ。
寝ないからママ。
機嫌が悪いからママ。
これが毎回になるのは、別の話だ。
「ママの方が上手い」は当たり前だ
妻の方が抱っこが上手く見える。
泣き方でなんとなく理由が分かる。
眠そうなタイミングにも気づく。
それを見て、
「やっぱりママには敵わないな」
と思うかもしれない。
でも妻だって、最初から全部できたわけじゃない。
抱いても泣き止まない。
寝たと思って置いたら泣く。
何をしてもダメな夜もある。
それでも毎日向き合うから、
「この抱き方が好きそう」
「今はお腹じゃなくて眠そう」
「そろそろ限界だな」
少しずつ分かるようになっていく。
経験してきた回数が違うなら、差があるのは当然だ。
そこで、
「妻の方が上手いから任せよう」
で終わったら、その差はずっと縮まらない。
パパは「効率」を見ている。妻は「また私」を感じているかもしれない
パパからすれば、
「俺よりママが抱いた方が早く泣き止む」
かもしれない。
たしかに、その場だけ見れば効率はいい。
でも妻からすると、
「結局、泣いたら全部私に戻ってくる」
になっているかもしれない。
抱っこを代わったはずなのに休めない。
お風呂に入ろうとしたら呼ばれる。
横になろうとしたら、
「やっぱ無理だった」
と赤ちゃんが戻ってくる。
これが何度も続けば、
妻にとっては「パパも育児している」ではなく、
「パパができるところだけやって、難しくなったら私に戻ってくる」
に見えることもある。
もちろん、パパだってわざと丸投げしているわけじゃない。
泣き止ませたい。
赤ちゃんにもつらい思いをさせたくない。
だから妻に代わる。
その気持ちは分かる。
ただ、その優しさが毎回同じ形になると、
お前が赤ちゃんを知る機会まで妻に渡すことになる。
パパになるお前らへ
赤ちゃんに泣かれると、へこむよな。
「俺じゃダメなのかな」
って思うこともある。
でも、お前は赤ちゃんを泣き止ませるためだけに抱くんじゃない。
お前と子どもの関係をつくるために抱くんだ。
最初から上手くなくていい。
泣かれていい。
失敗していい。
今日より明日。
明日より来週。
抱き方も、声のかけ方も、眠そうな顔も。
やった分だけ分かってくる。
ママじゃないと泣く?
だからこそ、お前がやれ。
じゃあ今日、何をする?
今日は10分だけ、抱っこを代わってみる。
妻に、
「10分、代わるよ」
と声をかける。
そして、泣いたからといって数十秒ですぐ妻へ戻さない。
オムツはどうか。
お腹は空いていないか。
眠そうじゃないか。
抱き方を変えてみる。
少し歩いてみる。
声をかけてみる。
それでも授乳が必要だったり、どうしてもママを求めていたりするなら代わればいい。
大事なのは、
「絶対に泣き止ませること」じゃない。
「俺じゃ無理」で、最初から降りないこと。
今日は10分。
お前が赤ちゃんと向き合う。
そこからでいい。